2004/05/15
 ぽっくり下駄!完成!!打ち上げ!!!
 
   
 たくさんの現場を手掛けさせていただいて、日本全国北から南まで移動して出張工事になることがしばしばあります。建築は天候に左右する事が多々ありますが、決められた工期はずらすことはめったにありません。
京都に程近い現場で突貫作業を強いられ事になりました、ミゾレ交じりの雨の中約3ヶ月近く、ほとんど休みなく施工をしなければなりませんでした。
 
  施工に携わっていただいた職人サンには感謝・感謝の連続でした。「工期に絶対間に合わせるからその時は我々の願いを聞いて欲しい」との要望が職人サン達から出ました「どんなことですか?」と聞くと「せっかく京都の近くまで来たのだから、いちど舞妓さんと一緒に打ち上げをさせて欲しい」との事です。

  自分自体が『一見さんお断り花街の粋な遊び』の経験がありませんので、「少し時間下さい」と言って、その願いを胸にしまいました。さあ誰に頼んでみるか思案に暮れましたが、京都市内にて一泊パックの舞妓サンツアーがあることを紹介されて早々に旅館の方へ予約を入れることができました。

  後日、「オーケーみんなの願いをかなえるよ」と回答すると朝のツールミーティングの時に歓声があがりました。「ヨーシ!!皆 頑張るべえ!!」と親方の気合が入り、予定よりも三日早く完成する事ができました。

 さて当日をむかえ襖がスーと開いて『今日はおおきに』と舞妓さんの挨拶から始まって、宴たけなわになってまいりました。皆、悪天候時に屋根施工していた時と違い、それぞれ笑顔がこぼれ最高のひとときを過ごす事ができました。

  舞妓サンと記念撮影をする時に、どうしても寄り添ってカメラに収まりたいという心情は仕方のない事と思っているところを「あまりちこうよらんどって!!」とのお叱りを舞妓サンからいただき、その場が少ししらけました。堅苦しい人と酒を呑んでしまった、願いをかなえたわりにはムードがいまいちあがりません。しかしなごやかなムードで三味線に合わせて華やかな舞を見せていただいたり、歌を聞かせてもらったり、綺麗どころから順にお酌されながらあっという間に開きの時間になりました。

  そこで帰り際に事件が発生しました。
「舞妓サンのぽっくり下駄の鼻緒が伸びてしまった!!」とのクレームがつきました。原因は職人サン達がトイレに立つ時に、代わる代わる舞妓サンのぽっくり下駄を履いて用を足しに行ったためでした・・・。ぽっくり下駄をひとつ弁償する羽目になりましたが、無事故で屋根工事の引渡しが出来てめでたしめでたしの完成・打ち上げでした。
 
  2004/05/12
 飛行機?????
 
   
 新生J A L が誕生して早ひと月少し経ちました。
 最後の思い出として、日本エアシステムの職員の方たちが写真に収めていた姿を観ていると、なんとなく胸にジーンときました。 
 
  今までの制服、そして機材などが全て新しいデザインに変わってしまうのはもう間もなくです。

 飛行機に乗りこむ時は大方、サテライトターミナルから移動ブリッジにて機内へと入って行きます。
 
  ある親子連れのお子さんが、ターミナルに駐機しているのを眺めながら「飛行機!飛行機!!」と言ってはしゃいでおりました。「これから飛行機に乗るんだね?」とパパに聞いている。

 パパは「そうだよ」と答えているやり取りを耳にしました。
 子供は無邪気でいいものだとその場はそう思っておりました。

 さて搭乗開始となって列を作りながら、乗客はトンネルのようなブリッジを抜けて機内に吸いこまれて行きます。先ほどの子供さんの声がして、座席窓から見える外の飛行機を見ながら「わーい飛行機だ!!」と喜んでおりました。ほほえましい光景が続きました。

 離陸して上空にさしかかると、窓の外は青い空が続きます。すると突然先ほどの子供がパパに向かって「飛行機に乗ってない!いつ飛行機に乗るのと?」と質問をし始めました。???と思ってやり取りを聞いていると、トンネルのようなブリッジにて搭乗したために、その子は飛行機に乗ったという実感がわいていない様でした。子供の発想は思いもよらないものです。

  文頭の写真の様にブリッジを利用しないで搭乗すれば、飛行機に乗るという実感がわくのでしょう。将来コックピットに座って操縦しているかもしれません・・・・・・。
 
  2004/05/06
 富士ビューホテルを訪れて
 
   
 先日河口湖に立ち寄った時、昭和60年に屋根工事に携わった『富士ビューホテル』へ足を伸ばしてみた。20年経った建物らしく、屋根・壁の色は経年変化によって変色はしていたが、建築当時のままの姿をしていた。
 当時販売が始まった塩化ビニール積層樹脂に、さらにアクリル・ラミネートを施した耐候性の優れた素材の鋼板を採用。ハーパーズ225型の横葺にロールフォーミングして施工をした。
 1955年、初代の富士屋ホテルが建築されて20数年目に老朽化の為に新築された。
 当時の建物にも設置されていた望楼を、今回にも同じようにパノラマ室という名前で置かれている。この望楼に登ると正面に富士山を、そして河口湖を背面に春夏秋冬のそれぞれの季節を味わうことができる。
 3万坪の大庭園に囲まれ、豊かな自然環境の中に溶け込んだシックな建物として、半世紀の伝統を見事に受け継いでおります。都会では味わえない四季折々の美しい自然とやすらぎを心ゆくまで満喫できます。
 初夏を迎える庭園に植えられている富士桜は、美しい花びらをつけて過ぎ行く春を惜しむ様です。
 採用された屋根材はこれからも数年このままの状態が続くと思われます。ホテルの繁栄が続くと同じようにいつまでも建設当時の状態であって欲しい。
 ご採用ありがとうございました。
 
  2004/05/01
 複雑な気持ち
 
   
 2004年始めから建設されていた、水と光をテーマに名付けられたチャペル棟の完成、2004年4月17日より営業開始となりました。

 海面から突き出た岸壁の丘に建てられ、13mの高さとコバルトブルーの美しい海を望むガラス張りの祭壇を正面に、開放的な室内を実現。海の上に浮かぶチャペルのイメージが感じられます。私共屋根屋は2月中旬から乗り込みを行ない、4月2日に屋根工事を完成しました。  鉄骨、三次元シェル形状の屋根に通常一枚の野地板貼り屋根施工をするところを、断熱材をサンドウィッチにして更に二枚の野地板を貼り屋根施工をいたしました。暴雨風・雨音・雑音・輻射熱・塩害などの物理的悪条件をクリアーするように設計されました。
屋根と言うより外壁と言ったほうが合っている・急勾配のムクリ形状、そして棟がなだらかな曲線を描くとっても困難な施工になりました。架設足場掛けも直線でない為に思うようにはかどらず、私共だけでなく、鉄骨・コンクリート・石・金物・硝子工事など両サイドの納まりが思うように進まず、その為に屋根の割付作業が出来ずに手待ちになることもしばしばあり、工期が迫る中、残業・増員をかけて引渡しに間に合わせました。
  しかし、完成してその姿を眺めると、青く澄んだ沖縄の青い空・海、降り注ぐ太陽のもと、素敵なチャペルができあがりました。
 たくさんの人々に祝福されて、幸せなカップルが誕生する事を心からお祈りいたします。
 ご採用ありがとうございました。